阪急京都線は「河原町駅」が終点ですが、昭和30年代は四条大宮の「大宮駅」が終点でした。
その名残で現在も特急電車が停車しますが、現在では烏丸駅や河原町駅周辺ほどは賑わってはいません。
さて、阪急が河原町駅まで延伸工事を行う際には、当然のように「地下街」が計画されましたが、地元四条繁栄会は、猛烈に反対運動をおこなったようです。もちろん大丸・高島屋などの大手百貨店は地下売場がありますので大賛成の側だったと思いますが、老舗の中小零細企業は地上の通りに流れがなくなることを心配して大反対の立場を貫きました。
 結果は…現在でも休日ともなれば四条通りは人も車もごったかえしていますが、店のない地下道は人影もまばらに足早に歩く人だけが通過する道になっています。
 この地下街が繁華街となっていれば、おそらく消費者商圏は地下に移行して上はオフィス街となり、現在とはまったく違った町並みの形成がなされていたことと予測できます。
 この教訓を活かして、現在は地下鉄東西線の京都市役所最寄りの駅である「御池」周辺を大地下街として開発を進められています。

おまけ…阪急烏丸駅の「烏丸側出入り口」と「高倉通り側出入り口」を東西に貫通するかたちで「東洞院通路」がありますが、これがまた不自然な地下道で、何の障害を越えているのか、ガタガタの上下に起伏した地下道となっています。東西の両端から「せーの」で掘削作業をすすめ、「この辺かな?」と錯誤しながらやっと開通した…そんな感じの地下道です。是非一度思索を浮かべながら歩いてみてください。

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