
錦小路は古く「糞小路」と呼ばれ、京の台所イコール糞の連想と思っていたのですが、こんなエピソードが残っています。むかし、長岡京に異常なほどの大食漢の聖がおり、何でも食べるというので御所に呼ばれ、その大食ぶりを披露しました。ケモノが憑依していたらしく、ありとあらゆるモノをたいらげたそうです。さてその帰路、四条通の手前でさすがの聖も催してしまい、辺り一面見渡す限りを汚し、ついた名前が「糞小路」です。その後しばらくして天皇がこの辺りを行幸の際に通り名を尋ねられ、糞小路であることを知り、ならば四条の一筋南の綾小路にならい錦小路に改名せよとの一声で現在の通り名になったそうです。